The World of Dorothy L. Sayers

作品

作品

 セイヤーズの作品中、中核をなすのはなんといっても貴族探偵ピーター・ウィムズイ卿(Lord Peter Wimsey)が活躍するシリーズです。ピーター卿シリーズの長編には以下の11作があります。その他、短編小説、劇作、翻訳、評論など、セイヤーズの活動は多岐にわたります。なお、ネタバレを含みます。

Ⅰ ピーター・ウィムズィ卿シリーズの長編

  • 1『誰の死体?』(Whose Body? 1923)
    • 『誰の死体』

       セイヤーズのミステリ・デビュー作であり、記念すべきピーター・ウィムズィ卿シリーズ第1弾でもある。ミステリ黄金時代は1920年に始まったとされるため、黄金時代初期の作品と言える。
       建築家の男・シップスの家の浴室から正体不明の死体が発見される。死体は全裸で、鼻眼鏡だけかけていた。折しも金融界の名士・レヴィが行方不明になっていた。この死体は誰なのか?この謎に挑むのがピーター・ウィムジィ卿である。
       シリーズ第一作ということで、後のシリーズに登場するレギュラー・キャラクターが紹介される。ピーターとその従僕のバンターの掛け合いが面白く、P・G・ウッドハウスのジーヴス・シリーズに通じる面白さがある。(ジーヴス・シリーズはこの4年前に登場している。)ピーターは強いて言えばホームズ系の天才探偵で、文学に関する知識を中心にやたらと蘊蓄を垂れるが、ユーモアも合わせもち、全体的にコージー・ミステリ的味わいがある。他にスコットランド・ヤードの警官、パーカーも初登場する。
       1923年という早い時期の作品であるにもかかわらず(ミステリのいわゆる黄金時代は1920~1939年とされる)、ピーターのセリフには探偵小説を斜めにみるようなところがあり、この時期にして早くもメタ・ミステリ的要素も含んでいる。この点は先輩ミステリ作家のE・C・ベントリーの影響かもしれない。
       とはいえ、ミステリとしてもしっかりしている。トリックなどは今読むと古びてはいるが、古典ミステリとして上出来だと思われる。犯人の造形も印象的で、全体的にグレードの高いミステリと言える。セイヤーズは本作について次のように述べている。

       This is my first detective novel, and in this and those that I hope will follow I shall play fair with my readers. (Hall, P.4.)

       ハワード・ヘイクラフトは本作について、プロットは独創的で、文体は巧みで心地よいものであると評している。(『娯楽としての殺人』、P.153.)
       なお、バスタブの中で死体が発見されるというアイディアは、セイヤーズがオックスフォード大学時代に参加したパーティに由来する。そのパーティでは複数の参加者がリレー形式で話を継いでいくゲームが行われ、その時の話ではバスタブ内で発見される死体は太った女性のものであったという。(Barbara Reynolds, 101)また、犯人がアリバイを偽装するために殺害後に被害者に化けて行動するというトリックは、E・C・ベントリーの『トレント最後の事件』の影響と指摘されている。(Dale, 69)
       同じくReynoldsによれば、見知らぬ死体が自宅の浴槽から発見されるという本作にはホラー要素もあり、それは第一次大戦の影響であるという。また、夜のロンドンのダークな側面ー売春、ナイトクラブ、など―も盛り込んでいる。これらの要素はウィムズイ卿の軽口によって相殺され、暗くなりすぎるということはない。
       本作の出版を最初に決めたのはアメリカの出版社Boni & Liveright社であった。これを受けてイギリスの出版社も出版を決めている。イギリスではErnest Benn Ltd.から出版された。本作の売れ行きはそれほどよくはなかったが、出版社にとって次作を出版するに十分な売り上げはあり、『雲なす証言』出版につながった。1923年の母親宛の手紙では、"I'm so glad you enjoyed Whose Body?ーthe scene with Sir Julian Freke is one of my own favorites, so I'm glad it thrilled you!"と述べている。
       A・N・ウィルソンら著名な作家たちが本作について書評を書いている。

  • 2『雲なす証言』(Clouds of Witness, 1926)
    • 『雲なす証言』

       ピーター・ウィムジィ卿シリーズ第2作。ピーター卿シリーズとしては唯一T. Fisher Unwinから出版されている。
       『誰の死体?』直後の事件である。ピーターの兄デンヴァー侯爵・ジェラルドが殺人容疑で逮捕される。殺されたのはピーターの妹、メアリの婚約者デニス・キャスカート大尉で、死体の第一発見者はメアリ。一家の一大事にピーターは兄の無罪を信じ、捜査に乗り出すというストーリー。
       第1作『誰の死体?』と同じテイストの作品で、やはりコージー・ミステリ的な味わいがある。森英俊氏は本作をシリーズ中最も出来が悪いとしている。ミステリとしての出来は1作目と大差はないと思われるが、やや落ちる、といったところか。ただ、ボリュームがアップし、その分やや間延びした感があることは否めない。
       今回はピーターにとってお家の一大事。家族から事情聴取することになるが、その証言はあいまいで、タイトルどおり「雲なす証言」というわけだ。なお、タイトルは新約聖書の『へブライ人への手紙』に由来する。
       銃声は何発聞こえたのか?足跡は?なぜ兄は証言を拒むのか?など、ミステリ的興味も豊かである。恋愛要素が盛り込まれたり、ピーターが襲撃されたり、終盤は法廷のシーンになったりと、前作にはなかった趣向も取り入れられ、長くなったぶん物語としてのふくらみを感じさせる、とも評価できる。
       とはいえ、真相は想像がつくし、大きなトリックがあるわけでもない。シリーズを読み進めるうえでは重要な作品というにとどまる作品。
       セイヤーズ自身も本作には自信がなかったらしい。両親への手紙の中では本書を"cursed book"と述べているし、誰もこの本を好まないだろうと語っている。バーバラ・レイノルズによれば、本作でピーター卿が苦しむ憂鬱は執筆当時のセイヤーズのそれを反映しているという。(Reynolds, 147)完成したのは『誰の死体?』より早かったが、出版はこちらが後になった。
       なお、1924年1月1日のアイヴィー・シュリンプトン宛の手紙で、セイヤーズは次のように書いている。"There will be a new adventure of his (Lord Peter) very soon. Why do you want that wretched pretty girl? She is the ruin of any detective story! However, there is a love-affair (of a sort) in the new book." この"new book"とは『雲なす証言』のことである。(Letters Volume 1, P.206.) さらに、6月13日の母親宛の手紙では、"I'm going, I hope, to the North of Yorkshire in July to get Lord Peter finished amid his proper surroundings- though this does not mean that I am aspiring to be the new Emily Brönte"と書いている。(Letters Volume 1, P.215.)
       

  • 3『不自然な死』(Unnatural Death, 1927)
    • 『不自然な死』

       ピーター・ウィムズィ卿シリーズ第3作。アメリカで出版された際のタイトルはThe Dawson Pedigreeであった。 
       ウィムズィ卿はある料理屋で偶然耳にした資産家の老婦人・ドーソン夫人の死に興味をもつ。癌による病死と扱われたが死因に疑いがあるという。ただし、犯罪を示す兆候は発見されなかった。ところが、老婦人の家で女中として働いていたゴートゥベッドが森で死体となって発見される。こちらも自然死と考えられるが、殺人の可能性はないか?老婦人の資産をめぐる遺産がらみの犯罪か?そして、ドーソン夫人の姪・メアリ・ホイッテカーの友人フィンドレイターが殺害される。
       文学からの引用が多いのは前2作同様である。全体的に前2作の路線から大きな変更はないが、宗教がらみの話がでてくるあたりに、後のセイヤーズの作風を予見させるものがある。そのため、ドーソン夫人の部屋の見取り図がでてきたり、足跡が問題にされたりと、いかにもミステリという要素はあるものの、前2作以上にミステリとしては地味な印象がある。
       メインとなるトリックは今となっては評価できるものではないが、発表当時の読者には驚きだったのかもしれない。シリーズ・キャラクターとしては、ウィムズィ卿の聞き込み代理人のクリンプスン嬢が初登場する。クリンプスンのモデルはセイヤーズの叔母のガートルード・セイヤーズで、クリンプスンの特徴的な手紙はこの叔母の手紙を模倣したものだという。(Reynolds, P.200)
       これまでと同様、ウィムズィ卿のキャラクターや、その他のシリーズキャラとの絡みなどを楽しめるかで評価が変わってきそうな作品である。H. ダグラス・トムソンは本作をセイヤーズの最も興味深い作品としている。(P.255.)
       マーティン・エドワーズはこの作品からセイヤーズがより登場人物への関心を強めたと指摘している。例えば、メアリ・ホイッテカーがレズビアンであることが暗示されているとしている。(エドワーズ、45ページ)
       なお、同じくエドワーズによれば、この作品にはフランスで実際に発生したメイ・ダニエルズ事件の要素を取り込まれているという。ダニエルズはイギリス人の女性看護師でフランスで働いていたが、行方不明になり、死体で発見された。セイヤーズは夫のマックとともフランスに渡り、事件解決に挑んだ。だたし、現実の事件に解決にはセイヤーズは成功しなかった。(エドワーズ、49ページ)
       本作と次作はBenn社から出版されている。

  • 4『ベローナ・クラブの不愉快な事件』(Unpleasantness at the Bellona Club, 1928)
    • 『ベローナ・クラブの不愉快な事件』

       ピーター・ウィムズィ卿シリーズ第4作。前作同様Benn社から出版されている。
       休戦記念日の晩、ベローナ・クラブでフェンティマン老人が椅子に座った状態で死んでいるのが発見される。老人には縁が切れた妹がいたが、その妹もほぼ時を同じくして亡くなっていた。その妹ドーマーは資産家で、兄が自分よりも長生きしたら遺産の大部分を兄に遺し、自分の方が兄よりも長生きしたら被後見人の娘・アンに遺すという遺言をのこしていた。しかし、兄と妹のどちらが先に死んだかわからない。この謎にピーターが挑む、というストーリー。
       各章のタイトルが「女王札はなし」、「ハートはダイヤに勝る」など、トランプにちなんだネイミングになっている。森英俊氏によれば、本作は女人禁制のクラブのサタイアになっているという。(『世界ミステリ作家事典 本格派篇』)男性紳士だけが加入を許されるクラブは日本人には馴染みのないものだが、イギリス文化においては重要な役割を担っていた。フェミニストとしてのセイヤーズを考える場合、本作は重要な手がかりを与えてくれるかもしれない。クラブにおいては生きた人間と死人を区別できないというジョークから、セイヤーズは本作執筆のヒントを得たかもしれない、とキャサリン・ケニーは指摘している。
       トリックらしいトリックもないが、死因の謎を中心にしているところは『不自然な死』に近い。
       アメリカのハードボイルド作家ダシール・ハメットは本作を評して、テンポが欠けているために傑作になり損ねた作品と述べている。逆に、伝記作者Janet Hitchmanは、本作をピーター卿シリーズの最高傑作のひとつと述べている。(Hitchman, P.74.)
       マーティン・エドワーズはフェンティマン将軍の遺体が終戦記念日に発見されるという設定について、戦死者たちへの追悼の念がこめられていると指摘している。(エドワーズ、P.190.)
       本作から出版社がゴランツ社になっている。以後、セイヤーズは『神曲』の翻訳など一部を除いてゴランツ社から自作を出版している。

  • 5 『毒を喰らわば』(Strong Poison、1930)
    • 『毒を喰らわば』

       ピーター・ウィムズィ卿シリーズの第5作。
       別れ話がこじれていたカップルのうち、男性の方・フィリップ・ボーイズが不審死。解剖してみると致死量の砒素が検出され、毒殺と判明。男の恋人・ハリエット・ヴェインが逮捕される。彼女の無実を信じるピーター卿が事件調査に乗り出す、というストーリー。
       本作において、後にシリーズの重要人物となるハリエット・ヴェイン(Harriet Deborah Vane)が初登場する。ハリエットは毒殺を疑われ、裁判にかけられる。前半はこの事件の裁判をピーターが傍聴するシーンが多い。後半には降霊術のシーンがあり、オカルティズムが流行した当時の世相を反映している。当然、セイヤーズはオカルティズムに否定的な態度をとっており、本作においても超能力捜査を揶揄している。
       また、マーティン・エドワーズによれば、本作は当時の大恐慌という社会情勢を背景にしているという。(エドワーズ、P.247.)事務弁護士ノーマン・アーカートはメガセリウム信託の暴落のため、破産に瀕している。
       原題がStrong Poisonだが、セイヤーズはとにかく毒殺が好きなようだ。ミステリとしては相変わらず地味で、仰天のトリックが好みの人には物足りないだろう。犯人は割と簡単に想像がつき、問題はどうやって毒を入れたのか、というハウダニットのミステリと言える。しかし、見破るには専門知識が必要とされる類のトリックである。作中、多くの実際の毒殺魔が言及されるが、これもセイヤーズの特徴である。実際に起きた事件をモデルにしているので、勢い事件そのものは地味になる。好意的に言えば無理のないトリックとも言える。
       本作で出会うピーターとハリエットは後に結婚するのだが、こうした二人の関係の変化を読んでいくのもシリーズものならではの楽しみだろう。当初セイヤーズはこの作品で二人を結婚させるつもりだったが、二人が結婚に至るにはもう少し時間が必要だと考え直したようだ。恋愛要素を推理小説に取り入れるのはご法度と言われたこともあるが、あえて恋愛要素をもちこんだのは、それだけセイヤーズがトリックなどよりも人物を描くことに関心をもっていたことの現れだろう。なお、推理小説に恋愛要素をもちこんだのはE・C・ベントリーだとされ、セイヤーズは彼の『トレント最後の事件』を高く評価していた。
       本作におけるハリエット・ヴェインと殺されるフィリップ・ボーイズの関係は、セイヤーズと彼女と一時恋人関係にあったジョン・コ―ナスの関係を反映していると言われている。
       本作は初めてゴランツ社から出版されたセイヤーズの本となった。以降、セイヤーズの作品は基本的にゴランツ社から出版されている。

  • 6『五匹の赤い鰊』(The Five Red Herrings, 1931)
    • 『五匹の赤い鰊』

       ピーター・ウィムズィ卿シリーズ第6作。アメリカでのタイトルはSuspicious Charactersであった。
       タイトルの「赤い鰊」(red herring)とは英語のイディオムで、「気をそらすもの」といった意味。つまり、ミステリにおいてはミスディレクションの意味になる。本作においては真犯人を隠すために5人の「赤い鰊」=容疑者がいる、ということを意味している。
       スコットランドの田舎町で画家の男が釣りの最中に変死する。釣りの最中に崖から転落したかと思われたが、ピーターは殺人だと指摘。その男・キャンベルは嫌われ者で、彼を憎んでいる5人の画家がいた。
       セイヤーズとしてはもっとも「本格ミステリ」をしている作品で、いわゆる「新本格」愛好者には最も好まれそうな作品だ。ピーターが真犯人を含む6人の「赤い鰊」に会い、話を聞き、アリバイを調べ…といった具合に進み、つまり普通の謎解きミステリをやっていて、逆にセイヤーズとしてはやや異色の感もある。絵を使ったトリック、自転車を使ったトリックなど、セイヤーズとしては珍しくトリックらしいトリックもでてくるし、しばしば事件の時系列表が挿入されている。後半はそれぞれを犯人とした場合の推理が展開されて、例えばコリン・デクスターなどの作品に見られる「多重解決ミステリ」を思わせるような二転三転する展開になる。とはいえ、Alzina Stone Daleによれば、それまでの作品に比べウィムズィ卿の魅力が発揮されているとは言えない本作の人気はいまいちだったようだ。また、ハワード・ヘイクラフトは本作には行動と動きが欠けているため、読者を惹きつけておくことができない、としている。(『娯楽としての殺人』P.157.)
       伝記によれば、セイヤーズの夫マックの絵画、釣り、そしてスコットランド愛に依拠した作品である。(P.232)また、マーティン・エドワーズによれば、死亡時間を混乱させる方法について、ロバート・ユースタスから助言をもらっている。他にも、暗号についてはジョン・ロードから助言を得、F・W・クロフツからも助言を得ている。(エドワーズ、P.212.)
       なお本作の切符に関するトリックは著名な科学者でディテクション・クラブの会員であったJ・J・コニントン(J. J. Connington)によるミステリ『二枚の切符の謎』(The Two Tickets Puzzle)をより洗練させたものだと言われている。(エドワーズ、P.185.)本作において、セイヤーズはこのコニントンの作品に言及もしている。
       Janet Hitchmanの伝記には、セイヤーズが本作のタイトルに悩んだことが記されている。'Six Unlikely Persons,' 'The Body in the Burn,' 'The Murder at the Minnoch'など様々な候補があった。なお、Hitchmanは本作を評価していない。

  • 7『死体をどうぞ』(Have His Carcase,1932)
    • 『死体をどうぞ』

       ピーター・ウィムズィ卿シリーズ第7作。
       『毒を喰らわば』で初登場したハリエット・ヴェインが再登場する。ミステリ作家のハリエットが海辺を歩いていると男の死体を発見する。死体は首をかき切られていた。これまでの作品では毒殺が多かったので、少し驚く出だしである。砂浜に遺された足跡は当人のものだけ。ハリエットが警察官を伴って現場に戻ってくると、満潮によって死体は運び去られていた。この謎にピーターが挑むわけだが、後に結婚するピーターとハリエットの距離も本作ではまだまだ遠いものだ。
       ミステリとしての完成度、文学としての完成度において、セイヤーズの最高傑作と言っても過言ではない出来。これ以降の作品はミステリ度が薄れていくので、文学性は高まっていても、謎解きを求める人には物足りないかもしれない。アリバイ破り、人の入れ替わり、暗号など古典的なミステリではお馴染みの話がでてくる。そして、アントニー・バークリーの『毒入りチョコレート事件』の影響で、ピーターの推理が何度も暗礁に乗り上げる。これは現代のコリン・デクスターの作品につながるとの指摘もある。ただ、メイン・トリックは少々専門的すぎる。なお、Trevor H. Hallによれば、本作のトリックについて、セイヤーズは友人の医師、ユースタス・ロバート・バートン(Eustace Robert Barton)に助言を求めている。(P.90.)
       一方、1932年発表という時代を本作はよく映していて、被害者がロシア人で、ボルシェヴィキの名前がでてきたりする。
       1931年1月のヴィクター・ゴランツ宛ての手紙で、セイヤーズは本作について次のように書いている。

       Anyway, I will return to a less rigidly intellectual formula in

        HAVE HIS CARCASE

       which will turn on an alibi and a point of medicine, but will   
       I trust, contain a certain amount of human interest and a  
       more or less obvious murderer. But I haven't made up the
       plot yet.... (Letters Volume1, P.312.)

       徐々に長くなってきたこのシリーズだが、本作はいよいよ長くなっている。文庫本で約600ページのボリュームである。

  • 8 『殺人は広告する』(Murder Must Advertise, 1933)
    • 『殺人は広告する』

       ピーター・ウィムズィ卿シリーズ第8作。
       舞台となるのはピム広報社。広告主が社を訪れ、慌ただしい社内の様子が前半では描かれる。この会社ではヴィクター・ディーンという広告文案家が社内の階段から転落して死亡する事故が起きていた。ディーンの後継者としてデス・ブリードンという新人文筆家が社にやってくるところから物語は始まる。実はこのプリードンがピーター卿であり、貴族であるピーターが庶民に扮して潜入捜査を行うというのが本作の最大の魅力である。それに麻薬組織が絡んでくる、というストーリー。
       タイトルが示すように、本作は広告業界を舞台としており、事件は広告会社で起きる。セイヤーズは1931年までS・H・ベンスン社でコピーライターとして働いており、その経験を活かした作品になる。アメリカの広告雑誌Ad Ageはセイヤーズの死後、本書をそれまでに書かれた最良の広告に関する物語であり、リアルかつ楽しい本であるとしている。セイヤーズの伝記作者Janet Hitchmanは本作の登場人物たちの何人かについては、実在の人物をモデルとしており、それが誰か特定できるとしている。(例えば、文案主任のアームストロングのモデルはMr. Oswald Greeneといった具合に。)文案家のミートヤードのモデルはセイヤーズ自身であるという。(Duriez, P.113)ただし、セイヤーズは書簡において、本作の登場人物が実在の人物と結び付けられることを懸念していたようだ。ゴランツ社のドロシー・ホースマンに、ハーレー街にドクター・ガーフィールドという人物がいないか確認することを依頼している。(Letters Volume 1, P.329.)
       ベンスン社のセイヤーズの部屋は滑りやすい鉄の螺旋階段の上にあり、ここで足を滑らしたら命を落とすだろう、とセイヤーズは考え、これが本書のヒントとなった。
       筆致は軽妙で、ピーターと会社の人々とのやり取りが楽しい。後半にはクリケットのシーンもでてくるなどの工夫が見られる。一方、謎解き要素はいよいよ薄れているため、謎解きを求める向きには不満の残る作品かもしれない。
       また本作は執筆当時の経済不安を反映している。エドワーズは人々への思いやりを示す本作は消費社会への批判の書であると述べている。(エドワーズ、P. 249.)
       次作『ナイン・テイラーズ』と同時に書き進められた。1932年9月のヴィクター・ゴランツ宛ての手紙では次のように書いている。

       The new book (Murder Must be Advertisedのこと)is nearly done. I hate it because it isn't the one I wanted to write, but I had to shove it in because I couldn't get the technical dope on The Nine Tailors in time. (Letters Volume 1, P. 322~323.)

  • 9『ナイン・テイラーズ』(The Nine Tailors, 1934)
    • 『ナイン・テイラーズ』

       ピーター・ウィムズィ卿シリーズ第9作。
       江戸川乱歩はいわゆる「黄金時代」のミステリー・ベスト10において本作を10位に選んでいる。乱歩は本作について次のように述べている。「戦後一読、その教会史や鳴鐘術のペダントリーに大いに感心した。非常に重厚な味があり、私には「ナイン・テイラーズ」の方が遥かに面白かった。」このことからもわかるように、セイヤーズの最高傑作とされることの多い作品。英国推理作家協会(CWA)は本作にラスティ・ダガー賞(1930年代のイギリス最高のミステリとの評価)を与えている。発売2カ月で10万部が売れた。前作『殺人は広告する』と同時に書き進められた。
       大みそかの日、沼沢地で車の事故を起こしたピーター卿は教会に助けを求める。そして、そのまま新年の鐘を鳴らす手伝いをすることになる。その年の春、村の墓から身元不明の死体が発見され、ピーターが捜査に乗り出すことになる、というストーリー。
       『殺人は広告する』に比べ、ミステリ色が強くなっている。イギリスの田舎の生活、教会の描写において優れている上にミステリとしての完成度も高く、これをもって最高傑作と考えられるようだ。首飾りの盗難事件、墓に隠された死体、暗号など、様々なミステリ的ギミックが凝らされていて、ミステリ・ファンを楽しませてくれる。そして、終盤には洪水のシーンがあり、物語が盛り上がる。最後に明かされる真実は意外で、前例のないものだと思われる。
       ドロシーが4歳のとき、一家はイングランド東部のブランティシャムに移住した。セイヤーズ家は有名なトム・タワーの鐘の音が聞こえる距離にあり、これが本作の着想につながったと考えられる。
       ナイン・テイラーズ(nine tailors)とは、9回鐘を鳴らすことによる弔鐘である。この鳴鐘法はイギリス独特の文化であるとの記述が本書にあるが、「まえがき」でこの伝統を絶やすことは許されない、とセイヤーズは述べている。
       『ナイン・テイラーズ』を読んだアメリカの詩人エズラ・パウンドは、政治や経済の世界の大きな犯罪を扱うべきだとセイヤーズに手紙を書いたが、セイヤーズはそれでは十分な謎を与えられないと返答している。アメリカの批評家エドマンド・ウィルソンは読者が鳴鐘術の詳細に興味をもつとは思えないと本作を批判している。(エドワーズ、17ページ)ウィルソンはこれまでに読んだ本の中で本書は最も退屈な本の一つであるとも酷評している。
       なお、集英社文庫版は訳者の門野氏による鳴鐘法についての詳しい解説が付されている。鳴鐘は日本人には馴染みが薄く、この知識なしでは『ナイン・テイラーズ』を十分に未読するのは難しいかもしれない。その意味で、この解説は貴重である。創元推理文庫版の解説を担当している巽昌章氏は本作の主人公は鐘であるとしている。なお、鳴鐘法については、セイヤーズはC.A.W. TroyteのChange Ringingという本を参考にしている。(Hitchman, P.82.)

  • 10『学寮祭の夜』(Gaudy Night, 1935)
    • 『学寮祭の夜』

       ピーター・ウィムズィ卿シリーズ第10作。原題を直訳すると「けたたましい夜」くらいの意味で、12章のハリエット・ヴェインの独白の中に登場する表現。シリーズ最長の長編である。
       推理作家ハリエット・ヴェインは母校オックスフォード大学シュルーズベリー・コレッジ(Shrewsbury College、セイヤーズの母校サマーヴィル・コレッジがモデルの架空のコレッジ)の学寮祭に出席する。その夜、ハリエットは汚らわしい絵の描かれた紙きれを見つける。さらに、翌日、中傷が書かれた手紙を発見する。数か月後、ハリエットは恩師から助けを求められる。学内で匿名の手紙と悪質ないたずらが横行しているという。ピーター卿はハリエットとともに事件解決に乗り出す。
       セイヤーズの母校オックスフォードを舞台とした作品で、学寮祭をはじめとする大学内の描写が多くなっている。1934年、セイヤーズは母校サマーヴィル・カレッジの学寮祭に同窓会のため出席しているが、このときの経験が本作執筆に役立ったと思われる。また、『死体をどうぞ』以来のハリエットの登場作となる。
       イギリスでは『ナイン・テイラーズ』と並ぶセイヤーズの代表作とされることが多く、研究書などで取り上げられることの多い作品である。絶賛され、後世の作家に大きな影響を与えた一方、一つの殺人も起きない本作はミステリ興味という意味では弱く、批評家ジュリアン・シモンズは本作を否定的にとらえていた。
       また、ハリエット・ヴェインが主人公の本作はフェミニズム・ミステリの元祖と呼ばれることもある。セイヤーズ自身が書簡の中で、本作について探偵小説としては弱く、心理的な問題を扱った作品であると述べている。(Letters Volume 1, P.354.)キャロリン・G・ハイルブランは本作を恋愛における男女の平等を描いた作品として高く評価している。ハイルブランによれば、物語の主人公が女性で、その彼女と結婚するために男性キャラクターが変化していくという例は西洋文学では非常に稀で、『学寮祭の夜』はその一つであるという。
       横井司氏は本作のメタ・フィクション的構造に言及している。登場人物たちが、ミステリについて議論し、自分たちと同じような状況におかれたその小説内の登場人物に言及するというのがその理由である。甲賀三郎は探偵小説内に探偵小説が織り込まれているという本作の特徴を指摘していた。(創元推理文庫版の解説より。)
       そして、本作の最後でハリエットはついにピーター卿のプロポーズを受け入れ、『毒を喰らわば』以来の二人のロマンスはついにゴール・インする。伝記作者バーバラ・レイノルズは、本書についてピーターとハリエットの恋愛を描いたものというに留まらず、セイヤーズ自身の長く続いたオックスフォード大学との"love affair"の完成だとしている。(Reynolds, P. 252.)
       1935年6月のミュリエル・セント・クレア・バーン宛ての手紙では本作の執筆に大変苦労していると述べている。(Letters Volume 1, P.350.)
       なお、創元推理文庫版には1935年までの「ピーター・ウィムズイ卿小伝」が付さられている。また、Poetry of Dorothy L. Sayersの編者Ralph E. Honeは『学寮祭の夜』に含まれる詩をこの詩集に採用している。

  • 11『大忙しの蜜月旅行』(Busman's Honeymoon: A Love Story with Detective Interruption, 1937)
    • 『大忙しの蜜月旅行』

       ピーター・ウィムズィ卿シリーズ第11作にして最終作。セイヤーズの長編推理小説としても最後の作品になる。もともと戯曲だったものを小説化したもの。1935年、友人のミュリエル・セント・クレア・バーンの協力を得て演劇として創作が始められ、1936年12月にロンドンのコメディ・シアターで上演された。翌37年小説として出版された。
       『毒を食らわば』で出会ったピーター卿とハリエット・ヴェインが7年目にしてついに結婚し、ハリエットの故郷にあるトールボイズ屋敷を買い取り、二人は暮らし始める。
       この作品の頃にはセイヤーズはミステリへの情熱を失いつつあった。そのため、本作はミステリとしては弱いと言わざるを得ない。アメリカのハード・ボイルド作家・レイモンド・チャンドラーは犯人は偶然に頼りすぎていると指摘している。
       この小説は1940年に42歳で亡くなったセイヤーズの友人ヘレン・シンプソンに捧げられた。

Ⅱ ピーター・ウィムズィ卿の短編

  • 1.「ピーター卿の遺体検分記」(Lord Peter Views the Body
    • 9784846020767_1_40.jpg

       1928年、ゴランツ社から出版されたピーター卿ものの短編集。セイヤーズ自身が本短篇集収録作のうち、死体が登場しないものを最上と考えていた。しかし、出版社のヴィクター・ゴランツは『ピアソンズ・マガジン』が"gruesome"として掲載を拒否した①と⑦を掲載した。収録作は以下の通り。
       ①「鋼の指を持つ男の忌まわしき物語」
         (The Abominable History of the Man with Copper Fingers)
        第一短篇集が初出。映画監督のアルフレッド・ヒッチコックが編集したAlfred Hitchcock Presents Stories Not for the Nervousにも収録された。「鋼の指を持つ男の悲惨な話」のタイトルの翻訳もある。
       ピーター卿が所属するクラブに非会員のアメリカ人ヴァーデンがやってきて、知人の彫刻家の話をするという物語。
       ②「口吻をめぐる興奮の奇譚」
         (The Entertaining Episode of the Article in Question)
       初出は『ピアソンズ・マガジン』1925年10月号。最初のタイトルは'The Article in Question'だった。 エラリー・クイーンが選ぶ傑作選「クイーンの定員」にも選ばれている。「文法の問題」のタイトルの翻訳もある。
       ③「メリエイガー伯父の遺書をめぐる魅惑の難題」
        (The Fascinating Problem of Uncle Meleager's Will)
         初出は『ピアソンズ・マガジン』1925年7号。「因業じじいの遺書」のタイトルでの翻訳もある。
       暗号解読ものである。遺書がクロス・ワード的な暗号になっていて、これをピーターが解読する話。ダグラス・トムソンは本作をクロスワード・パズルにすぎないと否定的に評価している。一方、ウィリアム・レノルズは本作を高く評価した。(レノルズ選の『暗号ミステリ傑作選』にも本作は選ばれている。)ただ、暗号ものの宿命として、英語の知識がないと楽しみづらい作品かもしれない。
       ④「瓢箪から出た駒をめぐる途方もなき怪談」
        (The Fantastic Horror of the Cat in the Bag)  
       初出はThe 20-Story Magazine1926年5月号。雑誌掲載時のタイトルは'The Adventure of the Cat in the Bag'であった。英語には"buy a cat in the bag"という成句があり、これは「よく調べないで買う」を意味する。「鞄の中の猫」のタイトルの邦訳もある。また、ピーター卿はヴィクトリア時代の桂冠詩人アルフレッド・テニソンの詩を引用している。
       ⑤「面皮を剥ぐ婆にまつわる理屈無視の逸話」
         (The Unprincipled Affair of the Practical Joker)
       創元推理文庫版のタイトルは「ジョーカーの使い道」。『ピアソンズ・マガジン』1926年11号に収録された。ピーター卿がカード・ゲームで悪党をやりこめる話。
       ⑥「不和の種をめぐる卑しい泣き笑い劇」
        (The Undignified Melodrama of the Bone of Contention)
        初出は第一短篇集。ハワード・ヘイクラフト編のFourteen Great Detective Stories (1949)と,ヘイクラフトとジョン・ピークロフト編のA Treasury of Great Mysteries (1957) の2つのアンソロジーに選ばれている。「不和の種、小さな村のメロドラマ」のタイトルの邦訳もある。中編と言って良い長さがあり、戸川安宣氏は質・量ともにセイヤーズの中短編の代表作としている。首なし馬にのる首なし騎士にまつわる伝承に基づく、幽霊ものとしての側面もある作品。
       ⑦「逃げる足音が絡んだ恨み話」
        (The Vindictive Story of the Footsteps That Ran)
       本短篇集が初出。「逃げる足音」のタイトルの邦訳もある。ピーターが上階から聞こえる足音をもとに推理する様はチェスタトンの「奇妙な足音」にも通じる面白さがある。
       ⑧「嗜好の問題をめぐる酒飲み相手の一件」
        (The Bibulous Business of a Matter of Taste)
        第一短篇集書きおろし。創元推理文庫版のタイトルは「趣味の問題」。フランスを舞台とし、ピーター卿の前に第二のピーターが現れるという変わった趣向の作品。ワインの利き酒のシーンがあり、ピーター卿のワイン通ぶりが発揮される。ただ、宮脇孝雄氏は本作を「コクが足りない」と評している。
       ⑨「竜頭に関する学術探求譚」
        (The Learned Adventure of the Dragon's Head)
        初出は『ピアソンズ・マガジン』1926年6月号。雑誌掲載時のタイトルは'The Dragon's Head'。レイモンド・ポンド編の『暗号ミステリー傑作選』(「竜頭の秘密の学術的解明」の邦題)にも収録された暗号もの。Munsterという語をめぐる話で、宝物探しという側面もある作品で、ポウの「黄金虫」を想起させる。
       ⑩「盗まれた胃袋をめぐる釣り人の一口噺」
         (The Piscatorial Farce of Stolen Stomach)
         初出は第一短篇集。「盗まれた胃袋」のタイトルの翻訳もある。遺産として胃袋を遺すという一風変わったお話。スコットランドが舞台。
       ⑪「顔なき男をめぐる解けない謎」
        (The Unsolved Puzzle of the Man with No Face)
         第一短篇集書下ろし。創元推理文庫版のタイトルは「顔のない男」。海辺で顔が潰された死体が発見される話。『死体をどうぞ』に似た始まりで、その後似顔絵の話になり、いわゆる「顔のない死体」トリックに近いテイストがある。また、翻訳者の井伊順彦氏は、本作冒頭の列車内の表現を、セイヤーズが「グランド・ホテル」形式の記述に長けていたことの証左であるとしている。
         のちにラジオドラマ化されBBCで1934年に放送された。
       ⑫「アリババの呪文」(The Adventurous Exploit of the Cave of Ali Baba
       本短篇集が初出。冒頭、ピーターの遺書から始まる。その後、謎の集団の話になり、このあたりはチェスタトンの『木曜の男』あたりの影響かもしれない。本格ものというよりもサスペンスものである。

  • 2. その他のピーター卿ものの短編
    • 51cE5diVXoL.jpg

       ①「鏡の鏡像」(The Image in the Mirror)
       第二短篇集Hangman's Holiday(1933)の冒頭の一篇。セイヤーズ自身編集のアンソロジーTales of Detection(1936)にはこの作品が選ばれている。
       ②「ピータ ー・ウィムズィ卿の奇怪な失踪」
         (The Incredible Elopement of Lord Peter Wimsey)    
        Hangman's Holiday収録。
       ③「完全アリバイ」(Absolutely Elsewhere)
       シカゴのミステリ雑誌『ミステリ』誌1934年1月号に掲載された。そのときのタイトルは"Impossible Alibi." その後、第3短篇集In the Teeth of Evidence(1939)に収録される。
       ④「幽霊に憑かれた巡査」(The Haunted Policeman)
       『ハーパーズ・バザー』誌1938年2月号が初出。『ストランド・マガジン』38年3月号にも掲載された。後にLord Peter View the BodyStriding Follyにも収録された。
       ⑤「白のクイーン」(The Queen's Square)
        第二短編集Hangman's Holiday収録。書下ろし。仮装舞踏会を舞台としており、ピーター卿はダイヤのジャックに扮し、被害者は白のクイーンに扮している。そこで殺人が起きるが、事件現場の見取り図が出てきたりして、セイヤーズの短編としては本格ミステリ度が高い。
       ⑥「歩く塔」(Striding Folly)
        『ストランド・マガジン』誌1935年7月号が初出。その後、ジョン・ロード編のDetection Medley(1939)に収録される。さらには1972年のピーター卿シリーズの短編をすべて収めたLord Peterに収録された。なお、1936年の6月21日の『サンデー・グラフィック&サンデー・ニュース』紙に掲載されたが、このとき少し縮小され、セイヤーズはこれに腹を立てたという。
       夢に現れる二つの塔のイメージとチェスを軸にして展開される夢幻的な作品。
       ⑦「証拠に歯向かって」(In the Teeth of the Evidence)
        第三短篇集In the Teeth of the Evidence and Other Stories(1939)の表題作。
       歯科医院を舞台としており、歯(tooth,teeth)と「~に歯向かって」の意味のイディオム(in the teeth of)をかけた秀逸なタイトルになっている。毒のトリックを用いた本格ものである。
       ⑧ 「真珠の首飾り」(The Necklace of Pearls)
       アイザック・アシモフ他編のクリスマスをテーマとしたアンソロジー『クリスマス12のミステリー』(The Twelve Crimes of Christmas, 1981)にも選出されている。翻訳としては新潮文庫『クリスマス12のミステリー』に収録されているほか、『ハヤカワ・ミステリ・マガジン』に掲載されている。

Ⅲ モンタギュー・エッグ・シリーズ

  • Hangman's Holiday
    • 『モンタギュー・エッグの事件簿』

       モンタギュー・エッグ物を中心にピーター卿もの、そして2篇のノン・シリーズものを加えた短編集。各編はごく短い。収録作は以下の通り。
       1. 「毒入りダウ'08年物ワイン」(The Poisoned Dow '08)
        初出はThe Passing Show誌(1933年2月25日)で、この時のタイトルは'The Poisoned Port.' 毒入りワインを飲ませたのは誰か、という極めてオーソドックスな謎解きミステリ。
       2. 「香水を追跡する」(Sleuth on the Scent)
        エッグが立ち寄った宿のラウンジに殺人犯がいるかもしれない、というサスペンスフルな作品。
       3.「朝の殺人」(Murder in the Morning)
       初出はThe Passing Show誌1933年3月11日号。井伊順彦氏はモンタギュー・エッグものの入門として良いとしている。(『自分の同類を愛した男 英国モダニズム短篇集』298ページ)エッグが死体の第一発見者となり、法廷で証言台にエッグが立つシーンもある。
       4.「一人だけ多すぎる」(One Too Many)
       初出はThe Passing Show1933年3月18号。鉄道を舞台としたミステリ。資産家の男サイモン・グラントが列車の中から消える。その列車にエッグが乗り合わせている、というお話。
       5.「ペンテコストの殺人」(Murder at Pentecost)
       オックスフォード大学のペンテコスト・カレッジで学長が殺害される。ここにポートワインを売りにきたエッグが事件に関わる、というお話。
       6.「マヘル・シャラル・ハシュバズ」(Maher-shalal-hashbaz)
       初出はThe Passing Show誌1933年4月1日号。猫の買い取りをする「ジョン・ドウ」のところに、少女が猫を持ち込む話。タイトルはその猫の名前。ホームズものの「赤毛組合」を思い起こさせる奇妙な広告から始まる物語。広告業界で働いていたセイヤーズの経験をいかした作品。

  • ②その他のエッグ・シリーズ
    •  7. 「ゴールを狙い撃ち」(A Shot at Goal)
       初出はThe Passing Show誌1935年2月2日号。遺体の手に握られていた紙片と、そこに書かれた文字から事件を推理する一種の暗号もの。
       8. 「ただ同然で」(Dirt Cheap)
       初出については不明。エッグが宿泊した宿で殺人が起きる。時計を使ったトリックがある。
       9. 「偽りの振り玉」(False Weight)
       初出はThe Passing Show1934年7月28日号。「ただ同然で」同様、エッグが泊まった宿で殺人が起き、時計が手掛かりとなる話。
       10.「教授の原稿」(The Professor's Manuscript)
       エッグはピンダ教授のもとを訪れる。机の上には書きかけの原稿があった。ピンダ教授には思わぬ秘密が、というストーリー。

 

Ⅳ ノン・シリーズもの

  • ①『箱の中の書類』(The Documents in the Case, 1930)
    • 41SuFTO097L._SY445_SX342_.jpg

       ピーター卿が登場しない唯一の長編推理小説。医学博士ロバート・ユースタスとの協議によって執筆された。共著とされることも多いが、ハヤカワ・ポケット・ミステリの解説を担当している三橋暁氏は、ユースタスは技術的なアドバイスをしている程度で、小説自体はセイヤーズが書き上げているのではないかと推測している。 
       全編がベイズウォーターにある2つのメゾネットに住む住人が友人や親戚に宛てた書簡ないし陳述書で構成されている実験的な作品でもある。
       電気技師ハリソンとその妻マーガレットが住む家に二人の若者が下宿人として住むことになる。そして、家政婦が下宿人の一人に襲われたと訴え、さらにはハリソンが奇妙な事故死を遂げる、というストーリー。
       マーティン・エドワーズはその著書『探偵小説の黄金時代』において、1章を割いて『箱の中の書類』を分析している。伝記作者Janet Hitchmanは本作はセイヤーズが最も自分を出している(most self-revealing)作品だとしている。(Hitchman, P.57.)
       Douglas Thomsonは本作をR・オースティン・フリーマンのソーンダイクものに近いとしつつも、人物造型において、フリーマンの作品よりも効果をあげているとしている。(Thomson, P.256)
       本作は『不自然な死』、『ベローナクラブの不愉快な事件』と同じBenn社から出版されている。

  • ②『証拠に歯向かって』In the Teeth of the Evidence
    •  著者の第三短篇集。ピーター卿もの、エッグもの、さらにノン・シリーズものから構成されている。
       ノン・シリーズものの短編はピーター卿シリーズやモンタギュー・エッグ・シリーズに比べると本格ミステリ度は落ちるが、いわゆる「奇妙な味」あるいは「日常の謎」派のような味わいがある。
       1.「牛乳瓶」(The Milk Bottles)
       1932年ころの作品。ノン・シリーズもの。家の前に届けられた牛乳瓶がたまっていく謎を扱った作品。訳者の井伊順彦氏は、本書の長所として諧謔精神、真相の意外性、生き生きとした言葉遣いなどをあげている。また、『殺人は広告する』同様、広告業界での経験というセイヤーズの強みを活かした作品とも指摘している。
       2.「板挟み」(Dilemma) 
       ノン・シリーズもの。喫煙室での会話から成り立つ作品。前半で「運命のボタン」のような話がなされるが、これがタイトルの由来と思われる。
       3.「ビターアーモンド」(Bitter Almonds)
       初出はThe Passing Show1934年6月30日号。モンタギュー・エッグもの。「世を騒がす嘘つき男」のタイトルでの邦訳もある。(『20世紀英国モダニズム短編集成』)セイヤーズ得意の毒物もので、遺産相続絡みの話。
       4.「屋根を越えた矢」(An Arrow o'er the House)
       初出はThe Strand Magazine誌1934年5月号。ノン・シリーズもの。タイトルはシェイクスピアの『ハムレット』5幕2場のハムレットのセリフからの引用。小説家が自作を出版しようとする話で、広告をモチーフとしたセイヤーズらしい作品。
       5.「ネブカドネザル」 (Nebuchadnezzar)
       ノン・シリーズもの。タイトルのネブカドネザルとは動作と言葉を組み合わせた遊戯の一種で、言葉をテーマとした作品。Colin Duriezによれば、セイヤーズがロンドンの都会生活で体験した近代的な生活―エレベーターの使用など―が本作に反映されている。
       6.「バッド氏の霊感」(The Inspiration of Mr. Budd)
       初出はDetective Story Magazine1925年11月21日号。このときのタイトルは"Mr. Budd's Inspiration"。ノン・シリーズもの。理髪店店主が逃亡中の殺人犯の接触する話。本作を翻訳している井伊順彦氏は「再読・三読」に値する一品としている。(『モンタギュー・エッグ氏の事件簿』266ページ)

  • ③その他の短編
    •  1.「疑惑」(Suspicion,1933)
       各種アンソロジーに収録されることの多いセイヤーズの短編の代表作の一つ。エラリー・クイーンが選ぶ「世界傑作推理12選」にも選出されているが、選者のエラリー・クイーンは、この作品の原稿が『ミステリー・リーグ・マガジン』に送られてきた際、たちまちこれに魅了され、セイヤーズには戦慄させられると述べている。また、レイモンド・ポストゲイト選の『毒薬ミステリ傑作選』にも選ばれている。
       連続毒殺事件が発生し、犯人とされる家政婦が逃走したとのニュースが流れる。そんな中、新しい家政婦を雇ったママリーが、妻に毒を盛られるのではないかと疑惑を抱く話。コミカルな要素を含むことの多いセイヤーズ作品にあって、異色のクライム・ストーリーである。

Ⅴ 戯曲、ラジオ・ドラマ
 セイヤーズはキャリアの後半になると戯曲の執筆を始める。最初の劇作品はウィムズイ卿が登場するミステリ劇であったが、その後は宗教劇に没頭するようになる。小説の執筆が孤独な作業であるのに対して、戯曲の執筆は友人のミュリエル・セント・クレア・バーンと協同で行うこともあり、劇団との仕事もセイヤーズには楽しい仕事であった。

  • Busman's Honeymoon『大忙しの蜜月旅行』
    •  1935年からミュリエル・セント・セント・クレア・バーンの協力を得て執筆が開始され、1936 年バーミンガムで上演された。その年の12月にはロンドンのコメディ・シアターで上演された。37年には同名の長編小説 『大忙しの蜜月旅行』に脚色された。これはピーター卿シリーズ最後の作品となった
       セイヤーズはリハーサルのすべてに参加し、必要に応じて脚本を修正している。衣装にも気を使ったという。
       セイヤーズはアイヴィ・シンプトンを初演に招待している。ピーター卿を演じるのはDennis Arundell、ハリエット・ヴェインを演じるのはVeronica Turleighであった。この劇は成功し、413回上演された。

  • The Zeal of Thy House
    •  T・S・エリオットの『大聖堂の殺人』に続いてカンタベリーで上演された宗教劇シリーズの一つで韻文劇である。カンタベリー・フェスティバルのオーガナイザーだったMargaret Babingtonがセイヤーズに依頼して実現し、1937年に上演された。12世紀の建築家(カテドラルの聖歌隊席を作った。後に火災で焼失)、サンスのウィリアムを題材とした物語。この劇の成功がセイヤーズに新たな名声をもたらした。タイトルは旧約聖書の詩編69番から取られている。ラストシーンでは大天使ミカエルが登場し、演説をする。
       セイヤーズは友人の作家チャールズ・ウィリアムズとレストランを訪れた際、この劇からの一節(サンスのウィリアムの冒涜的なセリフ)を音読してウィリアムズを当惑させた。
       なおタイトルはヘンリー・アーヴィングの孫にあたるローレンス・アーヴィング(Laurence Irving)がつけた。アーヴィングは舞台装置についてなど、上演にあたってのアドバイスをしている。アーヴィングのアイディアには遠く及ばないアイディアしか思いつかないとしてセイヤーズは彼の才能に嫉妬していたという。伝記作者のJanet Hitchmanは、この劇について公開当時は宗教劇として高く評価されたが、現在では評価されていないと述べている。(P.115.)
       センスのウィリアムを演じるのはHarchourt Williamsで、監督はFrank Napier。1938年のWestminster Theatreにおける上演には、Queen Maryが観劇に訪れ、"What a dear little theatre this is! I never knew it was here, and I lived only just around the corner for years."と述べたという。(Hitchman, P.115.)
       この劇の成功が、後の宗教劇制作につながった。

  • He That Should Come: A Nativity Play in One Act『来るべき彼の方』
    •  1938年、BBCのラジオのために書かれた1幕ものの宗教劇。これをみたBBCのJ.W. Welchはセイヤーズに子供向けにキリストの物語を書いてもらうことを思いついた。キリスト生誕に関する物語で、ヨセフが重要な役割を果たしている。3人の「賢者」の語りから構成されている。

  • The Devil to Pay『悪魔の報酬』
    •  1939年のカンタベリー・フェスティバルのために書かれた。韻文劇。ファウスト伝説に取材した作品。創作にあたってはクリストファー・マーロウの劇『フォースタス博士』の影響もあると想像される。ファウストは苦しみから解放されるために悪魔メフィストフェレスと契約する。ファウストは最後の法廷のシーンで善と悪を悟り、改心し、救済される「コメディ」である。ファウストを演じるのはHarcourt Williams。本作の評判は芳しくなく、4週間の上演で終わった。

  • Love All『万物への愛』
    •  1940年4月10日からTorch Theatreで上演された。それまでの宗教劇とは異なり、軽い内容の作品。副題が'A Comedy in Three Acts'で、3幕もののコメディである。商業的には成功したとは言えない。しかし、2つの大戦間のイギリスにおける女性のありかたを描いた作品として評価する向きもある。

  • The Man Born to Be King『王に生まれついた男』
    •  BBCのラジオ・ドラマのために書かれた作品で、後に戯曲として出版された。第二次大戦中(1941年12月~1942年10月)にBBCの「子供の時間」(Children's Hour)という番組で放送された。ヴァル・ギールグッド(俳優ジョン・ギールグッドの弟)がプロデュースした。
       ゴランツの要請で書かれたこの劇の制作に際して、劇中にキリストを登場させることを認めることをセイヤーズは条件とした。これは当時としては画期的なことであった。ロード・チェンバレン(検閲)はスタジオに聴衆がいないことを条件に本作の放送を認めた。
       セイヤーズは新約聖書の4つの福音書に描かれたキリストの生涯を忠実に描いている。Play cycleという形式で書かれてて、キリストの誕生から死、復活にいたる過程を12のエピソードからえがいている。セイヤーズは4つの福音書のギリシア語版から自ら翻訳して作品に活かした。
       この劇はキリスト生誕を描いた劇として高く評価された。本作が出版された際には30万部も売れた。しかし、出版者ヴィクター・ゴランツは本作をキリストを卑俗化させるものとして嫌い、この後セイヤーズとゴランツの関係は疎遠なものになっていく。
       このラジオ・ドラマの制作過程については、バーバラ・レイノルズによる伝記の第24章'Incarnation'に詳しい。

  • The Golden Cockerel『金の鶏の物語』
    •  BBCで放送されたラジオ・ドラマ。1941年12月27日に放送された。アレクサンドル・プーシキンの同名小説を脚色した作品。もとはロシア民話である。老いた王が賢者の教えに従って、金鶏を番人にする話。

  • The Just Vengeance『公正な報復』
    •  リッチフィールド大聖堂(Lichfield Cathedral)の創建750年記念のために1946年に書かれた戯曲。Frank Napierが監督し、音楽を作曲したのはアントニー・ホプキンス(Antony Hopkins)。
       人間の犯す罪、とりわけ戦争の勝者の罪を扱った作品である。
       批評家たちからは高く評価され、6月15日の初演の際にはエリザベス2世の母、エリザベス・ボーズ=ライアンも観劇した。セイヤーズ自身、本作について"It's the best thing I've done."(The Passionate Intellect, P.97)と述べている。

  • The Emperor Constantine: A Chronicle
    •  セイヤーズの最後の戯曲で、1951年7月3日にColchesterで行われたフェスティバル(the Festival of Britain)のために書かれた。キリスト教を国教としたローマ帝国の皇帝コンスタンティヌスの母、聖ヘレナ(キリストがはりつけにされたとされる十字架を発見したといわれる)にまつわる物語。
       1952年には二ケアの公会議の場面が独立した劇に脚色され、Christ's Emperorとして上演された。

Ⅵ 共作
 ミステリ黄金時代には複数の作家によるリレー小説が盛んに創作された。セイヤーズも所属したディテクション・クラブを中心に幾つかのリレー小説企画に参加している。

  • 『漂う提督』(The Floating Admiral,1931)
    • 画像の説明

       ディテクション・クラブのメンバーによる合作長編ミステリ。クラブの資金調達を目的として企画され、参加メンバーがそれぞれ1章ずつ担当した。参加者はヴィクター・ホワイトチャーチ、コール夫妻、ヘンリー・ウェイド、アガサ・クリスティ、ジョン・ロード、ミルワード・ケネディ、セイヤーズ、ロナルド・A・ノックス、F・W・クロフツ、エドガー・ジェプソン、クレメンス・デイン、アントニー・バークレー、G・K・チェスタトンの13人。セイヤーズは序文及び第7章を担当している。それぞれが自分なりの解決を封をした封筒に入れ、本の最後にそれが付せられた。解決篇を担当したのはジョン・ロードである。
       漂流する船の上でペニストン提督の刺殺体が発見される。前夜提督は教区牧師の家で姪と食事をしたのち、船で出発していたが、発見された船は提督のものではなく教区牧師のものであった、というストーリー。
       純粋な推理ものではあるが、リレー小説ならではの特徴もあり、時に混乱脱線(早川文庫版の紹介文にある表現)し、時にユーモラスでもある。
       なお、ハヤカワ・ミステリ文庫の翻訳本にはジョン・ロードのボートの繋ぎ方に関する覚書が付さられている。

  • 『警察官に聞け』(Ask a Policeman, 1933)
    • 画像の説明

       ディテクション・クラブの作家による合作長編小説。Barkerから出版された。参加者はアントニー・バークレー、ミルワード・ケネディ、グラディス・ミッチェル、ジョン・ロード、セイヤーズ、ヘレン・シンプソンの6人。
       「社会の害悪」と呼ばれる嫌われ者の新聞王カムストック卿が殺害される。容疑者は大主教、上院院内総務、そしてスコットランド・ヤードの副総監と重要人物ばかり。警察の大物が容疑者であるため、捜査から警察がはずされ、アマチュア探偵4人が解決に乗り出すことになる、というストーリー。
       タイトルが先に決定され、それに沿ってストーリーが考えられた。ジョン・ロードが問題提起篇を執筆し、ミルワード・ケネディが解決篇を執筆した。セイヤーズは第2部第4章「ロジャー・シェリンガム氏の結論」を担当している。なお、ピーター卿も登場する。
       作家が探偵役を交換するという試みもみられる。セイヤーズのピーター卿をえがいたのがアントニー・バークリーで、バークリーの小説の探偵役であるロジャー・シェリンガムを描いたのがセイヤーズであった。他に、ヘレン・シンプソンとグラディス・ミッチェルが探偵役を交換している。

  • Six Against the Yard, 1936.
    • 67129455768c9d8887481812ac76a663.png

       ディテクション・クラブの作家たちによるリレー小説。Selwyn and Blountから出版された。マージョリー・アリンガム、アントニー・バークレー、F・W・クロフツ、ロナルド・A・ノックス、セイヤーズ、ラッセル・ソーンダイクが参加。6人の作家による6つの'perfect murder'の物語。アガサ・クリスティがエッセイが寄せている。

  • 『ホワイトストーンズ荘の怪事件』(Double Death: A Murder Story, 1939)
    • 0016003570LL.jpg

       ゴランツから出版された。エマ・ファーランドはホワイトストーンズ荘の主人だが、遺産を狙う者によって毒を盛られているのではないかと疑念を抱いている。そして、新しく雇ったヒルダという看護婦が毒殺されてしまう、というストーリー。
       最初のタイトルは『秘密の夜』(Night of Secrets)セイヤーズ他、F・W・クロフツやジョージ・ヴァレンタイン・ウィリアムズ、フリニウィッド・テニスン・ジェス、アントニー・アームストロング、デイヴィッド・ヒューム、ジョン・チャンスラ―が参加したリレー長編。セイヤーズとクロフツというベテラン作家が冒頭部分を担当しているが、後半を担当している作家の実力不足は明らかで、セイヤーズも失望したようだ。

  • 『弔花はご辞退』(No Flowers by Request,1951)
    • 20200910125352135405_7bd1df08f3a70fc494e030248917c640.jpg

       1953年にDaily Sketch誌に掲載されたリレー小説。中編ほどの長さである。ディテクション・クラブのメンバーによる作品で、1,2章をセイヤーズが担当している。参加者はすべて女性である。そのため、全体的にセイヤーズ色の濃い作品になっている。続いて、E・C・R・ロラック(3、4章)、グラディス・ミッチェル(5、6章)、アントニー・ギルバート(7、8章)、クリスティアナ・ブランド(9~11章)が担当している。
       交通事故で夫をなくし、自ら働くことになったマートン夫人の物語。
       セイヤーズは1940年にはミステリの執筆の筆を折っているので、見すごされがちな作品で、セイヤーズの書誌でも本書を落としているものも多い。(ハヤカワ・ミステリ文庫『殺意の海辺』の解説より)

Ⅶ アンソロジー
 セイヤーズは名アンソロジストでもあった。

  • Great Short Stories of Detection, Mystery, Horror
    • 9374077.jpg

       1928年にゴランツ社から発表されたミステリや怪奇小説のアンソロジー。マーガレット・オリファント、H・G・ウェルズ、ブラム・ストーカー、チャールズ・ディケンズ、M・R・ ジェイムズ、サキ、サックス・ローマ―、W・W・ジェイコブス、アンブロ―ス・ビアス、ジョセフ・コンラッド、アーサー・キラ・クーチ、メイ・シンクレアらの作品を収録。怪奇小説のアンソロジーという性格が強い。

  • Great Short Stories of Detection, Mystery, Horror: Second Series
    •  1931年にゴランツ社から発表された第二弾。第1弾にも選ばれていた作家の作品が多い。マックス・ビアボウム、アルジャーノン・ブラックウッド、ウォルター・デ・ラ・メアらの作品を含む。

  • Great Short Stories of Detection, Mystery, Horror: Third Series.
    •  1934年発表の第三弾。前2作と同じくゴランツ社から出版された。前2作に比べるとややマイナーな作家の作品が多い。アーサー・キラ・クーチやM・R・ジェイムズほか、H・R・ウェイクフィールド、A・M・バラージらの作品が収録されている。

  • Great Tales of Detection: Nineteen Stories.
    •  セイヤーズがセレクトした短編小説のアンソロジー。1936年発表。序文をセイヤーズが書いている。ここでセイヤーズはミステリの歴史を概観している。ミステリの本質をフェア・プレイにあるとし、エドガー・アラン・ポウとヴィクトリア時代のセンセーショナル・ノベルをその源流としている。
       収録作は以下の通り。寸評は序文にあるセイヤーズによるもの。

       ①Edgar Allan Poe, The Purloined Letter. 「盗まれた手紙」
       →事件に当惑する警察と、心理学を駆使して警察を凌駕する探偵の物語。

       ②Wilkie Collins, The Bitter Bit. 「人を呪わば」
       →法律に関する専門知識を用いた作品。

       ③Robert Louis Stevenson, Was It Murder? 「殺人?」
       →長編『バラントレーの若殿』(Master of Ballantrae)からの抜粋。法律を越えて正義を惑わす「完全な殺人」の最も早い例の一つ。

       ④Gilbert Keith Chesterton, The Man in the Passage. 「通路の人影」→チェスタトンの長所(心理的証拠に基づく考察)と短所(物質的証拠に関する考察)を示す作品。

       ⑤Edmund Clerihew Bentley, The Clever Cockatoo. 「利口なおうむ」
       ⑥Ernest Bramah, The Ghost at Massingham Mansions. 「マッシンガム荘の幽霊」
       →(上記2作品について)人情味と知的な要素の絶妙なバランスを達成した作品。

       ⑦Edgar Jepson and Robert Eustace, The Tea-Leaf. 「茶の葉」
       ⑧Richard Austin Freeman, The Contents of a Mare's Nest. 「空騒ぎ」
       →(上記2作について)純粋に科学的な物語。

       ⑨Thomas Burke, The Hands of Mr. Ottermole. 「オッターモール氏の手」 →ホラーとミステリの融合。

       ⑩Father Ronald Knox, Solved by Inspection. 「密室の行者」
       →観察からの推測の物語。

       ⑪Agatha Christie, Philomel Cottage. 「夜鶯荘」
       →現代版「完璧な殺人」。

       ⑫Anthony Berkeley, The Avenging Chance. 「偶然の審判」
       →意外な結末の物語(a twist in the tail)の物語。

       ⑬Freeman Wills Crofts, The Mystery of the Sleeping-Car Express. 「急行列車内の謎」→鉄道に関する専門知識を用いた作品。

       ⑭John Rhode, The Elusive Bullet. 「逃げる弾丸」
       →弾道学についての専門知識を用いた作品。

       ⑮Dorothy Leigh Sayers, The Image in the Mirror. 「鏡の映像」→セイヤーズの自作。手がかりを読者にあからさまに提示する試み。

       ⑯Henry Wade, A Matter of Luck. 「このユダヤ人を見よ」
       →警察の捜査の現実を描いている。

       ⑰Milward Kennedy, Superfluous Murder. 「無用の殺人」
       →倒叙ものに現代的なひねりを加えた作品。

       ⑱Henry Christopher Bailey, The Yellow Slugs. 「黄色いなめくじ」→1級のミステリであるだけでなく、精神的な残酷さへの嫌悪を示した作品。

       ⑲C. Daily King, The Episode of the Nail and the Requiem. 「釘と鎮魂曲」→アメリカ作家で始まるアンソロジーをアメリカ作家で終える。

Ⅷ 詩
 セイヤーズは詩人としてキャリアを出発させ、生涯詩を書き続けた。最初に出版されたセイヤーズの本も詩集であった。彼女の詩は雑誌(The Fritillary, The London Mercury, The New Witnessなど)に掲載されたり、私的に読まれていた。友人のC・S・ルイス宛ての手紙では、周囲が自分の詩を真面目に考えてくれないとセイヤーズは嘆いている。なお、現在ではRalph E. Hone編によるPoetry of Dorothy L. Sayersがセイヤーズの詩のアンソロジーとして入手しやすい。これは友人宛ての手紙の中だけにあったセイヤーズの詩など、読むことが困難であった詩作品も収録した労作である。この本の序文で、バーバラ・レイノルズは、セイヤーズは生涯詩人であり続け、その時のセイヤーズの心境、教養の程度などを表わしているという。また、その影響は散文作品の中にもうかがえるとしている。

  • OpⅠ (Oxford Poetry Ⅰ) 『作品番号Ⅰ』
    •  1916年12月28日に出版された詩集。セイヤーズは若いころから詩作を始めていた。オックスフォードのブックセラー、バジル・ブラックウェルは詩集の出版を始めていたが、若い才能を発見し、彼らにプラットフォームを提供することが目的だった。これは"A Series of Young Poets Unknown to Fame"と呼ばれる企画である。セイヤーズはこれに関心をもち、ブラックウッドに自らの詩を送った。ブラックウェルはこれを受け取り、限定350部で出版された。オックスフォードにインスパイアされた詩が多い。編集者にはG.D.H. コールが含まれていた。
       'Alma Mater,' 'The Last Castle'などの詩を収録されている。
       セイヤーズは若い頃からアーサー王伝説を愛読していたが、この詩集にもそれが現れている。パーシヴァル、マーリンら、アーサー王伝説に登場人物たちの名前が現れる。
       セイヤーズ以外にもJ.R.R.トールキンの最初の詩"Goblin Feet"も収録されている。

  • Catholic Tales and Christian Songs. 『カトリック物語とキリスト教詩歌』
    •  1918年発表のセイヤーズ2冊目の詩集。1冊目と同様、ブラックウェルから出版された。タイトル通り、キリスト教やキリストにまつわる詩を集めた詩集。'Desdichado'から始まり、'The Triumph of Christ,' 'Christ the Companion'などの詩を収録している。 'Mocking of Christ'は劇詩というかたちをとっている。

  • Oxford Poetry 1917.
    •  1918年発表の詩集。第一詩集と同じオックスフォードのブラックウェルからの出版。Wilfred Rowland ChildeとT.W.Earpとともにセイヤーズは編集を担当し、詩も寄稿した。

  • Oxford Poetry 1918.
    •  1919年発表の詩集。ブラックウェルから出版された。T.W.EarpとE.F.A. Geachともにセイヤーズは編集にあたり、詩も寄稿した。

  • Oxford Poetry 1919.
    •  1920年発表。ブラックウェルからの出版。T.W.EarpとSiegfried Sassoonともにセイヤーズは編集にあたり、詩も寄稿した。
       なお、セイヤーズの詩はRalph E. Hone編のPoetry of Dorothy L. Sayersにまとめられていて、現在でも入手しやすい。

Ⅸ 評論その他

  • The Quorum: A Magazine of Friendship
    •  1920年発表。イギリス初の同性愛をテーマとした雑誌と言われる。セイヤーズは2編の詩を寄稿しており、うちの一つが'Veronica'である。

  • Lord, I Thank Thee
    •  1943 年発表。Hamish Hamiltonから発表された。キリスト教系のエッセイ。

  • Are Women Human? Astute and Witty Essays on the Role of Women in Society.
    •  Mary McDermott Shidelerによるやや長めの序文のあと、'Are Women Human?'と'The Human-Not-Quit-Human'のセイヤーズによる2編のエッセイを収録している。全部で70ページ弱の短い本。もとは1938年にセイヤーズがWomen's Societyで行った講演である。
       まず、セイヤーズは自分はフェミニストではないし、急進的なフェミニズムには害が多いと繰り返し述べている。セイヤーズは名門オックスフォード大学で学位をとった最初の女性の一人である。ピーター卿シリーズを読んでも、女性の権利について意識的な作家であったことは確かだと思われるが、同時代のフェミニズムには必ずしも与していなかったようだ。
       ラテン語のHomo(人間の意味)を用い、男性はVir (男性の意味)であり、同時にhomoでもあるが、女性はfemina(女性の意味)であってもhomoではない、としている。セイヤーズは男性と女性を区別すること自体に異を唱えており、今日のジェンダー観に近い考えの持ち主であったと言えるかもしれない。
       かつて女性は家にとどまり家事に従事することを求められたが、家内工業から工場での生産の時代へと社会は変わり、女性が家ですることが少なくなった。その結果、仕事の場にも女性が進出し始めた時代をセイヤーズは生きたわけだが、職場で「女性としての視点(woman’s point of view)」を求めるのは間違っている、と主張。男性優位主義に対抗しようと極端なフェミニズムに走ると、男女の対立だけではなく金持ちと貧困層、若者と老人、ブルーカラーとホワイトカラーの対立(manual laborとbrain-workerという表現を用いている)といった様々な分断につながると警鐘を鳴らしている。こうした主張は現代の日本(あるいは世界)の状況にも当てはまるようで、セイヤーズのフェミニズム論は今でも読む価値があると思われる。

  • The Anatomy of Murder: Famous Crimes Critically Considered by Members of the Detective Club.
    •  1931年。ディテクション・クラブの資金集めの目的で作られた本。セイヤーズとアントニー・バークレー、ジョン・ロードが提案し、実際の犯罪事件について考察した論考の集成となった。セイヤーズは「ジュリア・ウォレス殺し」(The Murder of Julia Wallace)に関する論考を寄稿した。もとは1934年11月6日の『イヴニング・スタンダード』紙に、翌35年にGreat Unsolved Crimesに収録されたのち、本書に収録された。
       1931年、ハーバート・ウォレスは妻ジュリアを殺害した容疑で逮捕・起訴された。一審は有罪であったが、控訴審では無罪となったことで話題となった。ジョン・ロードの長編『電話の声』はこの事件をもとにしている。
       エドワーズは本論考について安楽椅子探偵ものの傑作としている。(エドワーズ、P.277.)この事件の真相は未だはっきりしていないが、ウォレスを無実と考えるセイヤーズの考察には一定の説得力があるようだ。宮脇孝雄氏によれば、後に被告の無実を証明する決定的証拠が見つかった。
       翻訳は創元推理文庫『顔のない男 ピーター卿の事件簿Ⅱ』に収録されている。

  • ⑥『犯罪オムニバス』の序文
    •  1928~29年。『犯罪オムニバス』(Great Short Stories of Detection, Mystery, and Horror,1928)というセイヤーズ編によるミステリ・アンソロジーの序文。1860年代以降のミステリの歴史を辿り、ゴシック小説やニューゲイト小説から、スーパーナチュラルの要素を排することでミステリが誕生したと述べている。また、アングロ・サクソン系でミステリが人気を得るのに対し、フランスやドイツであまりはやらないことについても考察している。そのキーワードは、アングロ・サクソン人がフェア・プレイを重視することと関連していることを示唆している。さらには、ミステリにおける視点の重要性について、『トレント最後の事件』の数節を引用しつつ論じている。
       中盤以降はポウの独創性、コナン・ドイルにおけるポウの影響とコナン・ドイルの革新性について述べている。
       ミステリに恋愛の要素を持ち込むことについても論じている。このことに最も成功した例として、コリンズの『月長石』とベントリーの『トレント最後の事件』に言及している。一方、失敗例としてメースンの『矢の家』とリン・ブロックの『ゴア大佐の推理』に言及している。セイヤーズは自作に恋愛を取り入れているが、恋愛が推理の興味を損なってはいけないとし、どちらかと言えばミステリにおける恋愛に否定的立場を示している。
       ミステリの芸術的価値についても述べていて、ミステリは高度の人工的な芸術作品として成立しえるとしている。
       ミステリ評論としては最初期のものであるが、その慧眼には驚かされる。ここで示される評価は今日においてもあまり変わっておらず、その後のミステリ評価に多大な影響を与えたことがわかる。ハワード・ヘイクラフトは本作を「最も光彩あざやかな分析批評」(田中純蔵訳)と評している。
       さらには、『最後のモヒカン族』の作者、ジェイムズ・フェニモア・クーパーをミステリに影響を与えた人物として指摘している点は慧眼と言わざるを得ない。また、トリックが出尽くした後のミステリの将来についても考察している。そして、ミステリを表現の文学ではなく、逃避の文学だとしている。
       なお、創元推理文庫『顔のない男 ピーター卿の事件簿Ⅱ』には「探偵小説論」のタイトルで翻訳が収録されている。(宮脇孝雄訳)

  • ⑦『犯罪オムニバス第Ⅱ、第Ⅲ』の序文
    •  『犯罪オムニバス』(Great Short Stories of Detection, Mystery, and Horror)の第Ⅱ集(ゴランツ、1931)、第Ⅲ集(ゴランツ、1934)の序文で、翻訳は鈴木幸夫訳編の『推理小説の美学』(研究社、1976)に収録されている。

  • Begin Here: A War-Time Essays『ここより始めよ』
    •  1940年。エッセイ集。6編のエッセイを収録している。セイヤーズの創作過程がうかがい知れる興味深いエッセイ。ひじょうに慌てて書かれた作品で、セイヤーズ自身本作に関して、"The book is dead now, Thank God! and will never, I hope, be resuscitated."と述べている。レイノルズは本作の興味を、セイヤーズの時間への関心、creativityに関する意見、機械化された社会(mechanised society)は人間の本質を減退させるという彼女の考え、社会の経済構造が教育を堕落させ、教育を経済目的にしてしまうという意見、が窺える点にあるとしている。(Reynolds, P.296.)

  • The Wimsey Papers
    •  1939年から41年にかけてThe Spectator誌に連載された。ウィムズイ家の人間やピーター卿セリーズに登場する人物たちの間で交わされた手紙という形をとっている。一方、第二次大戦下での生活について語った作品との評価されている。

  • The Greatest Drama Ever Staged
    •  1938 年にHodder & Stoughtonから出版されたエッセイ。表題作他The Triumph of Easterを収録している。どちらもThe Sunday Times誌1936年4月に掲載された。スイスの神学者、カール・バルトは本エッセイのドイツ語訳を試みている。(この出版計画は第二次大戦勃発を受けて断念された。)

  • Strong Meat「固い食物」
    •  1939年にHodder & Stoughtonから出版されたごく短いエッセイ。老齢について、そして人間と時の関係について述べている。

  • Creed or Chaos? and Other Essays in Popular Theology
    •  1940年にHodder & Stoughtonから出版された神学に関するエッセイ集。「地上最大のドラマ」、「復活日の勝利」、「ドグマこそドラマ」、「教理か、混沌か?」、「固い食物」、「人はなぜ働くのか」、「その他の大罪」を収録。アリストテレスのCreedに依拠し、キリスト教の教義の歴史を語り直した書。C・S・ルイスのMere Christianityに比せられることもある。
       タイトル作「教理か、混沌か?」はセイヤーズの神学エッセイとしては最も長いものの一つ。当時戦争をしていたドイツについても述べている。

  • The Mind of the Maker
    •  1941年7月にMethuenから発表されたの神学エッセイ集。1940年の秋に書き上げられた。セイヤーズの作品中最も深遠な作品と評されることもある。伝記作者Colin Duriezによれば、この時期の作品のうち最高傑作と考えられる。(P.148)さらにDuriezによれば、神と創作という行為における人間のアナロジーを試みた作品。大天使ミカエルが登場し、The Zeal of Thy Houseに登場する神と自身を同列に考えるセンスのウィリアムとは対照的に、神の似姿としての人間を祝福する。

  • Introductory Papers on Dante (『ダンテ入門編』)
    •  ダンテに関する評論で1954年、セイヤーズ61歳の時に執筆された。'Dante's Imagery,' 'The Meaning of Heaven and Hell,' 'The Fourfold Interpretation of the Comedy,' 'The City of Dis,' 'The Paradoxes of the Comedy'からなる3巻本の大著。原文を頻繁に引用しながら解説している。セイヤーズのキリスト教理解を知るには必読の書と言えよう。 また、'The Comedy of the Comedy'などは、セイヤーズのコメディに関する考えを知るうえで有用であろう。

  • The Lost Tools of Learning: A Symposium on Education
    •  1947年にThe Hibbert Journalに掲載された教育に関するエッセイ。小冊子程度の長さである。文法、論理学、修辞学(trivium、中世の大学における3学科)を重視する古典的な教育法の本として、アメリカでも使用され続けている。この3学科を復活させることで、他の学科の学修にもつながるとセイヤーズは主張している。具体的には'Disquieting Questions,' 'The Art of Learning,' 'The Medieval Syllabus,' 'Angles on a Needle,' 'Unarmed,' 'The Three Ages,' 'The Use of Memory,' 'The Mistress Science,' 'Relation to Dialectic,' ''The World around Us,' '"Pert-Age"-Criticism,' 'The Imagination,' 'The Study of Rhetoric,' 'The University at Sixteen?,' 'Educational Capital Depleted,' そして'Forgotten Roots'を含んでいる。
       例えば、教育において教員に必ずしも多くの専門知識は必要ないとし、逆に知識過多はよくないとしている。また、知識の詰め込みよりも考える力を伸ばす方が重要だと今日の教育にも通じる主張をしている。

  • ⑯ "Dr. Watson's Christian Name'
    •  コナン・ドイル・ファンであったセイヤーズが、その知識を活かした短いエッセイ。ホームズの相棒ワトソンのクリスチャン・ネイムについて、Johnという表記とJamesという表記があることに関して考察している。

Ⅸ 翻訳
 セイヤーズは後年ミステリ執筆の筆を折り、翻訳に力を注ぐようになる。

  • ダンテ『神曲』(Divine Comedy)の翻訳。
    • 713T45kr8ML._SL1200_.jpg

       『地獄篇』(Hell)の発表は1949年。『煉獄篇』(Purgatory)の発表は1955年。『天国篇』(Paradise)は未完に終わったが、友人のバーバラ・レイノルズが引き継ぎ、1962年に出版された。セイヤーズは『天国篇』の翻訳に関して、現代の読者にこれを伝えるのが困難だと考えて、苦労していたという。
       1943年、友人のチャールズ・ウィリアムズのThe Figure of Beatriceの書評を書いたことを契機にセイヤーズはダンテへの関心を深めていった。レイノルズによれば、セイヤーズはダンテの語り手としての技術、明白なスタイル、絵画的な比喩、『地獄篇』の劇的な力、『煉獄篇』の色の繊細な使い方、『天国篇』の光のグラデーションに魅かれた。(レイノルズ、P.354.)
       『天国篇』に関しては最初の20章(全体の3分の2ほど)をセイヤーズが翻訳し、残りの13章の翻訳については断片的にしか残されておらず、バーバラ・レイノルズがそれらをもとに翻訳し、完成させた。
       一方、この翻訳に対しては批判もあり、韻律の使い方や、コメディ要素に異を唱える声もあがっている。韻律への批判に対して、セイヤーズはイタリア人の知人に音読してもらい、それを参考にしたと書簡で述べている。
       1949年の11月に出版された『地獄篇』の初版5万部は売れきれた。歴史家のG.M. Tevelyanはとりわけ序文に感銘を受けたという。
       セイヤーズの翻訳は原語の韻律(Terza rima、テルツァ・リーマ、三韻句法)を維持している。また、注釈の多さも特徴と言える。

  • 『ローランの歌』の翻訳。
    •  1957年にペンギン・ブックスから出版された『ローランの歌』の英訳。『ローランの歌』(Le Chanson de Roland, The Song of Roland)は11世紀フランスで成立した叙事詩。シャルルマーニュの家臣ローランと、スペインの王マルシルの戦いをえがく。

Ⅹ 映画
 セイヤーズの作品の中には映画化されたものもある。とはいえ、セイヤーズ存命中の戦前の作品で、近年の映像化作品はないと思われる。映画作品にはセイヤーズは概ね不満だったようだ。

  • 『寡黙な乗客』(The Silent Passenger
    •  1935年の白黒映画。Phoenix Films制作。Reginald Denham監督、Hugh Perceval制作、Basil Mason脚本。約54分の映画。セイヤーズの未発表の同名の短編小説に基づく。
       ピーター・ウィムズィ卿もの。ピーター卿を演じるのはPeter Haddon。セイヤーズはその出来に恥じ入ったという。

  • 『大忙しの蜜月旅行』(Busman's Honeymoon)
    •  1940年の白黒映画で、アメリカではHaunted Honeymoonのタイトルで公開された。Arthur B. Woods監督、Harold Huth、Ben Goezt制作、Monckton Hoffe, Angus MacPhail, Harold Goldman脚本。
       ピーター・ウィムズィ卿のものの同名長編(舞台劇として創作され、後に長編小説化された)の映画化。ピーター卿を演じるのはRobert Montgomeryで、ハリエット・ヴェインを演じるのはConstance Cummings。セイヤーズはこの作品を観劇することを拒否した。

powered by HAIK 7.3.0
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. HAIK

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional