関連書籍
関連書籍
ここではセイヤーズ関連の書籍を紹介します。
1.伝記
セイヤーズの伝記を複数存在します。
- ① Janet Hitchman: Such a Strange Lady: A Biography of Dorothy L. Sayers.
(New York, Evanston, San Francisco, London: Harper & Row, 1975)
1975年出版のドロシー・L・セイヤーズの伝記で、彼女の伝記としては初となる作品。分量としては後のReynoldsによる伝記に比べれば物足りないが、セイヤーズの人生を手際よくまとめている。BBCのラジオ・ドラマに関する記述などが詳しい。
セイヤーズはプライベートを守る人で、伝記の話をもらったとき、著者はためらったという。
- ②Alzina Stone Dale: Maker and Craftsman.
(Grand Rapids, Michigan: William B. Eerdmans Publishing Company, 1978. )
セイヤーズの伝記。Hitchmanによる伝記同様、のちのReynoldsによる伝記に比べると分量は少ないが、そのぶん読みやすいとも言える。ミステリだけでなく、後期の劇作や翻訳の解説にも力を入れている印象がある。Reynoldsの伝記に比べれば写真も少ないが、Reynolds本にはない図版も含んでいる。
セイヤーズは反ユダヤ的と批判されることがあるが、著者はこの点についても言及し、セイヤーズを擁護している。セイヤーズは著作の中でユダヤ人への蔑称を使ったりしているが、著者によればセイヤーズはナチスによるユダヤ人迫害を受け、ユダヤ人問題をキリスト教徒を理解し、彼らを受け入れなければならないと考えていた。(136ページ)
- ③Barbara Reynolds: Dorothy L. Sayers: Her Life and Soul.
(New York: St. Martins Press, 1993.)
セイヤーズの伝記としてはこれまでのところ最もヴォリュームがあり、それだけに情報量も多い作品。著者はセイヤーズと11年間交友があった人で、セイヤーズの死で未完の状態だった『神曲』翻訳作業を引き継ぎ、完成させた人でもある。これまでの伝記にはない、親しい友人ならではエピソードも含んでいて貴重である。
生前セイヤーズは自分の個人的なことを調べられることを嫌い、手紙なども破棄するように言っていた。著者はセイヤーズの意志には反することにはなるが、彼女の作品をより楽しみ理解するために本書を執筆したと序文で述べている。
両親のこと、子供時代、学生時代、異性関係、作家としての活動、晩年の活動と、彼女の生涯を辿っている。それぞれの年代のセイヤーズの写真も多数収録している。
セイヤーズの場合(どの作家でも多かれ少なかれ当てはまることだが)、彼女の人生と作品は密接に結びついていて、ピーター・ウィムズィ卿をはじめ、彼女が生み出したキャラクターたちにはモデルがいる。また、例えば、コピーライターとしての活動が『殺人は広告する』執筆の元になっているように、彼女の人生を知ることは作品をより深く知ることにつながる。
セイヤーズの後半生は劇作家として活動が中心である。また、キリスト教徒としての要素もセイヤーズの場合重要で、とりわけ『神曲』を英訳していることからも、ダンテの影響についても詳しく述べられている。
- ④Colin Duriez. Dorothy L. Sayers: Death, Dante, and Lord Peter Wimsey.
(Oxford: Lion Hudson Limited, 2021.)
セイヤーズの伝記としては2023年現在最新のもの。先行する伝記を取り込み、読みやすくまとめている印象。分量も適度で、これからセイヤーズの生涯を知りたい人にはお勧めできる。
第1章をLooking Back: To the beginning Later on (1893~97, 1943)と題し、幼少時代と晩年のセイヤーズについて述べている。ここではセイヤーズは"passionate nature of the intellect"を強く信じていたとしている。その後は時代に沿ってっセイヤーズの人生を概観している。
レイノルズによる伝記と同様、後半生の仕事、とりわけ劇作家としての仕事やラジオ・ドラマの仕事の記述に力を入れている。逆に言うと、ミステリ作家としての側面はそれほど重視されていない。むしろキリスト教徒としてのセイヤーズという側面が強調されている。また、チャールズ・ウィリアムズやT・S・エリオット、J・R・R・トールキンらとの関係も重視している。Duriezは本来C・S・ルイスの専門家で、そのためルイスとの関係に記述などに特徴があると言える。
2. 書簡集
- ①The Letters of Dorothy L. Sayers: Volume One: 1899 to 1936: The Making of a Detective Novelist
(chosen and edited by Barbara Reynolds. New York: St. Martin's Press, 1995. )
バーバラ・レイノルズによるセイヤーズの書簡集の1冊目。1899年から1936年という彼女の前半生の書簡をまとめている。序文はP.D. ジェイムズによる。
- ②The Letters of Dorothy L. Sayers: Volume Two: 1937 to 1943: From Novelist to Playwright.
(chosen and edited by Barbara Reynolds. New York: St. Martin's Press, 1997.)
書簡集の2冊目。セイヤーズの後半生の書簡を収録している。序文は1巻同様P.D. ジェイムズによる。
3. 研究書
セイヤーズの研究書としては以下のものがあります。
- ① Trevor H. Hall. Dorothy L. Sayers: Nine Literary Studies.
(London: Duckworth, 1980)
著者によるセイヤーズ関連の研究9編を収録している。ピーター卿とホームズの比較、セイヤーズとコナン・ドイルの比較、非ピーター卿の長編The Documents in the Caseを合作したロバート・ユースタスについての考察などを含む。 セイヤーズとコナン・ドイルの比較についてはひじょうに詳しく考察されている。また、The Documents in the Caseにユースタスが果たした役割についても入念に考察している。
- ② Alzina Stone Dale ed. Dorothy L. Sayers: The Centenary Celebration.
(Lincoln: iUniversity Inc., 2021.)
1893年生まれのセイヤーズの生誕100年を記念して1993年に出版された本。寄稿者はアーロン・エルキンス、H・R・キーティング、キャロリン・G・ハート、アン・ペリーといった有名ミステリ作家たちである。
セイヤーズの簡単な伝記から始まり、マイケル・ギルバートによるセイヤーズとの思い出(個人的に交友があった)を含む。ピーター・ウィムズィ卿はP・G・ウッドハウスのジーヴスものの影響を受けていることは明らかで、作中でもジーヴスの名前が言及されている。一方、イアン・フレミングの007シリーズの近似性を論じた論考も含まれている。
作品として最も取り上げられるのはGaudy Night(『大学祭の夜』)で、ミステリとしてのセイヤーズはこの作品で頂点に達したと考えられている。セイヤーズ自身、私生児を産むなど、恋愛面では波乱の人生を送った人で、そのあたりの伝記的事実をもとにピーター卿シリーズを読む考察は読みごたえがある。セイヤーズはフェミニストとは呼べないかもしれないが、フェミニズムからの読みも含んでいる。クリスチャンとしてのセイヤーズ、ダンテの『神曲』を英訳した人としてのセイヤーズなど、多面的な読みが紹介されている。
- ③ Gina Dalfonzo. Dorothy and Jack: The Transforming Friendship of Dorothy L. Sayers and C. S. Lewis.
(Grand Rapids: Baker Books, 2020)
- ④ Mo Moulton. Mutual Admiration Society: How Dorothy L. Sayers and her Oxford Circle remade the World for Women.
(London: Corsair, 2019. )
- ④Barbara Reynolds. The Passionate Intellect Dorothy L. Sayers' Encounter with Dante. Kent University Press, 1989.
セイヤーズと個人的交流があり、セイヤーズの伝記も執筆しているレイノルズが、ダンテの翻訳に捧げられたセイヤーズの後半生について考察した書。Ralph E. Honeが序文を付している。セイヤーズとダンテ作品の関係、セイヤーズの宗教観についての考察が中心であるが、ピーター卿シリーズについても言及している。
セイヤーズの翻訳における韻律の問題など、かなり細かなところまでセイヤーズ訳の『神曲』を検討している。
4. その他
- ①ハワード・ヘイクラフト『娯楽としての殺人 探偵小説:成長とその時代』
(林峻一郎訳 国書刊行会、1992年)
原タイトルはMurder for Pleasure: The Life and Times of the Detective Storyで1941年に出版されている。探偵小説論の古典的名著。1841年のエドガー・アラン・ポウから始まり、英米を交互に、時代ごとに論じている。その時代を代表する作家を取り上げているが、セイヤーズは第7章のイギリスの黄金時代を扱った章に登場する。ヘイクラフトはセイヤーズが謎解きと文学の境界の、あるいはどっちつかずの曖昧な危険な領域に踏み込んでいるとし、セイヤーズはこの「大きすぎる実験」に失敗していると述べている。著者のセイヤーズ評は概ね批判的であるが、真に偉大な作家のみが批判に値するとも述べており、セイヤーズが偉大な作家だからこそ批判しているのだとしている。
- ②ハワード・ヘイクラフト編『推理小説の美学』
(鈴木幸夫訳編 研究社 1974年)
ヘイクラフト編によるミステリの評論集。チェスタトンの『探偵小説の弁護』、ヘイクラフト自身による「楽しみのための殺人」、チャンドラーの『単純な殺人芸術』、カーの『密室講義』などを含む。セイヤーズの作品としては「犯罪オムニバス」を収録している。
- ③ マーティン・エドワーズ『探偵小説の黄金時代』
(森英俊・白須清美訳 国書刊行会、2018年)
原タイトルはThe Golden Age of Murder: The Mystery of the Writers Who Invented the Modern Detective Story。イギリスのミステリ黄金時代を概観する本だが、ディテクション・クラブの話が中心である。
ディテクション・クラブゆかりの作家を一人ずつ取り上げ、論じているが、真っ先に取り上げられるのがセイヤーズである。その後、アントニー・バークリーやアガサ・クリスティが取り上げられている。他の作家を取り上げた章でもセイヤーズの名前が言及されることが多く、セイヤーズ愛好家は全編を通して楽しめる内容になっている。
- ④森英俊編著『世界ミステリ作家事典 本格派篇』
(国書刊行会、1998年)
海外ミステリを紹介している森氏による作家事典で、海外の本格ミステリの作家を紹介している。セイヤーズについてはおよそ12ページを費やし、詳しく紹介している。森氏は本書で第52回日本推理作家協会賞(評論その他部門)を受賞している。
- ⑤C.W. Scott-Giles. The Wimsey Family.
(Gollancz、1977)
セイヤーズが友人の紋章学者C.W.スコット・ジャイルズとともにウィムズイ家の起源をノルマン征服の時代までさかのぼった本。スコット・ジャイルズの紋章に関する知識が活かされた本で、多くのイラストを含む。
- ⑥H. Douglas Thomson. Masters of Mystery: A Study of the Detective Story.
(New York: Dover Publications, 1978)
エドガー・アラン・ポウ、アガサ・クリスティ、F.W.クロフツ、アーサー・コナン・ドイルら黄金時代までのミステリの巨匠たちを中心にミステリの歴史を辿った書。コナン・ドイルやクリスティ、クロフツらに比べると扱いは大きくはないが、セイヤーズについても多くの記述がある。
- ⑦サリー・クライン『アフター・アガサ・クリスティー 犯罪小説を書き継ぐ女性作家たち』(After Agatha: Women Write Crime, Sally Cline、2022)
(服部理佳訳、左右社、2023年)
アガサ・クリスティを中心としたイギリスの女性作家についての本。フェミニスト的視点が強い。セイヤーズについてはクリスティーを引き継ぐ後輩というわけでもないため、言及は少ないが、それでもイギリスを代表する女性作家の一人として言及されている。女性とミステリの関係について考える際、有益な本。クリスティ以外では、ジョセフィン・テイなどについての記述が多めだが、アメリカのスー・グラフトンやサラ・パレツキ―といったハードボイルド派への言及が多い。